CLUMSY LOVE

| Gallery・Ⅰ | 手塚国光 |

「おはよう、手塚!」
か。おはよう」

俺は自分を呼ぶ声に、くるりと後ろを振り返った。
にっこり笑って、が隣に並ぶ。

「なんか元気ないね。寝不足?」

そう言って心配そうにのぞき込んでくる。

「ん~、でも顔色は悪くないかな」
のテンションが、高すぎるだけだろう」
「何よ、それー。心配してるのに」

俺の言葉にがむうっと頬を膨らませた。
は顔を上げ、じっと俺を見る。

「手塚って、ホント失礼よねー。それが女の子に言う台詞?」

そう言うに、俺は苦笑した。
こんな風に俺に言ってくるのは、以外ではテニス部の奴らくらいだろう。
がこうして笑いながら話しかけてくれることが、俺の楽しみになっていた。

「それなら、もう少ししとやかに振る舞ったらどうだ」
「え~?これ以上女の子らしくなんて出来ないもん」
「・・・どこがだ」

との軽口は楽しくて、普段は無口な俺もそれなりに話すようになっていた。
こんな風に話すが、実はピアノを弾くことが好きなのを俺は知っている。
その時の表情は、真剣でとても綺麗だということも。

「無理に自分を抑えてもつまらないし。これでいいの!」
「まあ、その方がらしいな」
「でしょ~?」

はニコッと笑った。
その笑顔を直視できず、俺は思わず視線を逸らしてしまう。
そんな俺に疑問も抱かず、は話し続けた。

「ねえねえ、明日の誕生日、忘れてないよね?」
「・・・毎日毎日言われ続けてればな」
「よかった。何くれるのか楽しみにしてるからね」

そう、明日はの誕生日。

本人に言われるまでもなく、何かをプレゼントしたいとは思うが何がいいのかさっぱり分からない。

「あ、私、職員室に寄らなきゃいけないんだった。それじゃ、また後でね」

慌ただしく手を振ると、バタバタと駆けて行ってしまう。
俺はその後ろ姿を、じっと見つめていた。



その日の夜は、なかなか寝付けなかった。
結局プレゼントを買うことも出来ずに、こうして家に帰ってきてしまった。
誕生日には告白しようと思っていたのに。
いざとなるとその決心もつかず、気の利いたものも選べないと言うのだから、我ながら情けないとは思う。

俺はため息を一つついて、窓を開けた。

冷えた夜気が、頭を冷やしてくれるような気がした。
空に瞬く星を見て、少し気を落ち着ける。

テニスだったら、こんなに悩まないのだが。

何故自分はこんなに不器用なのだろう。
思わず噛みしめた唇から、血の味がした。

情けないことだが、自信がないのだ。
彼女に好かれている自信はあるが、それが友達という領域を越えているとはどうしても思えない。

好きだと告げて今の状況が変わるのが怖いのだ。

が離れていってしまうことに、怯えているだけ。

もしこの想いを伝えられたなら、楽になるはずなのに。
他の誰かが彼女の隣に並んでしまう前に、伝えなければ。

俺は窓を閉めると、固く目を閉じた。

やはり、明日に想いを告げよう。
何もしないで悩むなど、俺らしくない。
自分の出した答えに頷くと、ようやく俺は眠りについた。



。今日、一緒に帰らないか?」

朝一番で、俺はに声をかける。
ここで頷いてくれるかどうかが問題だ。

「手塚と?別にいいけど・・・」
「そうか。放課後、教室まで迎えに行く」

は複雑な表情を俺に向ける。

「いや、それはちょっと・・・」
「迷惑か?」

は慌てたように首を振った。
そして困ったように、目を宙にさまよわせる。

「いや、なんかそれだと変に噂になっちゃいそうじゃない?」
「噂?」

何がどんな噂になるというんだ?
は1つため息をつくと、とってつけたような笑顔になった。

「う~ん・・・。手塚はもう少し周りを気にした方がいいと思うよ」
「?どういうことだ?」
「・・・分かんないならいいや。じゃあ、図書館で待ち合わせようよ」

何が言いたいのかさっぱり分からなかったが、一緒に帰れるのだし、とりあえず良しとするか。
俺達は放課後を約束して、教室の前で別れた。

放課後までに、なんとかプレゼントを考えなければならない。
授業中もその事ばかり考えていて、内容など全然頭に入ってこなかった。



「手塚、今日は部活に顔を出すの?」
「不二か。今日は用があるから無理だな」
「くす。さんでしょ」
「・・・お前には関係ない」
「あれ、否定しないんだ」

図書室に向かおうとしている俺に、不二が声をかけてくる。
不二は俺の言葉に、おかしそうに笑った。

「ようやく告白する決心がついたんだ」
「おい、不二・・・」
「まあ、僕も陰ながら応援してるよ。上手くいくといいね」
「・・・ああ」
「引き留めて悪かったね。早く行ってあげなよ」
「すまないな。・・・ありがとう」

不二にそう答えると、俺は早足で図書室へ向かい。

「あ、手塚。ゆっくりだったね」

俺の顔を見て、は満足そうに微笑んだ。
・・・ドキリと胸が鳴る。

「すまない。待たせたか?」

俺は、に歩み寄る。
は笑顔で首を横に振った。

「全然。さっき来たばかりだよ」
「そうか。・・・帰るか?」
「あれ?お誕生日のお祝い貰ってませんけど、手塚くん?」

悪戯っぽい顔で、俺の顔をのぞき込んできた。

「なーんてね。冗談だよ」
「・・・ケーキくらいならおごる」

俺との声が、被さって。
は唖然とした表情で、俺を見上げている。

「手塚が・・・ケーキ?」

確かに自分らしくないかもしれないが、そこまで驚かれるのもどうなんだろうか。
照れが半分、少し面白くない気分が半分で俺は口を開く。

「嫌なら無理にとは言わないが」
「い、嫌なわけないよ!スッゴク嬉しい!」

が少し赤い顔をして、大きく声を上げる。
やがてここが図書室だと思い出したのか、恥ずかしそうに身を縮めた。

「全くお前は・・・」
「うっ、すみません」
「どこか行きたい店はあるか?」
「うん!チェックしてたお店があるの。そこでいい?」
「ああ。行くぞ」

嬉しそうに頷くと、は小走りで俺についてきた。



「まさか手塚とお茶する日が来るとは、夢にも思わなかったなぁ」
「そうなのか?」
「うん。だって手塚はテニス一筋だったし、一緒に帰ったのだって今日が初めてじゃない?」

確かにな、と俺も頷く。
は帰宅部だったし、帰りはいつも友達と賑やかに帰っていたから。
はさっさとメニューを広げて、楽しそうにあれこれと見比べている。
正直、ケーキよりお汁粉とかの方が俺は好きなんだがな。
こういう店に入るのが初めての俺は、少し落ち着かない気持ちでコーヒーだけを頼んだ。
はオーダーを終えた後、優しげな笑顔を向けた。

「ありがとね、手塚」
「気にするな」

いつもとは違う空気が流れているようで、少し落ち着かない。
それはも同じのようだ。

「あ、えっと、今日は部活に顔出さなくて良かったの?」
「もう引退してるからな。あまり顔を出すとあいつらもやりにくいだろう」
「あー、なるほどねー」

は納得したように、大きく頷く。
そこへケーキが運ばれてきた。

「うわぁ~、美味しそう!」
「・・・甘そうだな」
「そこがいいんじゃない。それじゃ遠慮なく、いただきます!」

俺の言葉に頓着せず、はケーキにフォークを運んだ。
ぱくりと一口食べたあとは、幸せそうに頬が緩む。

「う~ん、美味しい~!」
「そうか。良かったな」

そんなを見て、俺もなんだか嬉しくなった。
はひょいと顔を上げると、俺の顔をじっと見た。

「手塚も食べてみる?美味しいよ」

そう言って差し出されたケーキを刺したフォーク。
思わずフォークとの顔を、交互に見比べた。

「ほら」

そう言われても、どうすればいいんだ。
はニコニコとフォークを差しだしたまま。

「・・・」

俺は意を決して、差し出されたケーキを食べる。
口の中に甘さが広がっていく。

「ね、美味しいでしょ」
「・・・ああ」

の視線を避けながらポツリと呟く。

「もう一口いる?」
「い、いや。もう十分だ」

少し訝しそうにしながらも、はまたケーキを食べ始めた。
俺は気を落ち着けるために、コーヒーを飲む。

「美味しかった!もう、大満足ー」
「そうか。もう1つ食べるのか?」

は笑いながら手を振った。
そして、自分のカップを手に取ると。

「これ以上食べたら太っちゃうよ」
は心配する必要がないだろう」
「そんなことないよ~」
「そうか?だが、誕生日くらいいいんじゃないか?」
「う~ん、家でもケーキ用意してくれてると思うし」
「それなら、ここに誘って悪かったな」
「ううん!全然だよ。嬉しかったんだから」
「そうか」
「うん。手塚がお誕生日のお祝いしてくれて、大好きなケーキが食べれるんだもん。嬉しくないわけないよ」
「そ、そうか」
「勿論。本当にありがとう」

着々と日の傾く夕暮れの空。
俺達はカフェを出た。

かなりいい雰囲気になったとは思うが、肝心の告白になかなかこぎ着けられない。

「手塚は電車だよね?じゃ、駅までは一緒だ」

その言葉に頷いて、俺達は肩を並べて歩いていく。

「もう遅いから、家まで送る」

は断ってきたが、俺はがんとして譲らなかった。
なんとか家に着くまでの間に考えなければ、と焦る。
の家は、駅からそんなに離れてはいない。

彼女が徒歩通学なのが今日ばかりは恨めしかった。
悶々と考え込む中、俺はあることに気が付いた。
あまりのことに愕然とする。

―――まだ、おめでとうを言っていない。

「手塚、どうしたの?」

黙り込んだ俺に、が不思議そうな顔でのぞき込んできた。

「いや、なんでもない」

納得はしていないようだったが、はそれ以上聞こうとはしない。
俺は相槌を打ちながらも、内心は焦りでいっぱいだった。

、そこの公園でちょっと待っててくれないか」

は俺を見つめ、ふわりと笑んだ。
俺は済まない、と言い残すと元来た道を走りだした。
確かさっき・・・。



「あ、手塚早かったね」
「悪かった。こんな所で一人で待たせて」
「大丈夫だよ。まだ、そんなに暗くもないしね」
「すまなかった」

は、俺をじっと見つめた。

「そんなに謝られるとかえって困るよ。それで、どうしたの?」
「ああ、いや、これを・・・」
「これ?」
「・・・誕生日おめでとう」

俺はのろのろと手にしていた花束を、に差しだした。
案の定、は驚いた顔になって。

はそっと唇に手を当てる。

「手塚が・・・私に?」

そっと手を伸ばして花束を受け取ると、は嬉しそうに笑った。

「ありがとう。今日って最高の日ね」

その笑顔を見て、言葉をなくす。
俺は乱暴に髪を掻き上げた。

「ねえ、このお花って、そういう意味にとっていいのかな・・・?」

普段は人一倍元気な彼女が揺らすその笑みは、心なしか儚げに俺の目には映った。

なぜ、そんな顔をするのか。
じっとの顔を見ていると、は頬を赤くして俺と目を合わせた。

「私・・・、私ね、前から手塚のこと・・・」

の絞り出すような震えた声に、俺は焦ってしまった。

が言おうとしていることは、多分俺が言おうとしていることと同じだ。
それは俺が先に、彼女に言いたい。
咄嗟に伸ばした左腕で、彼女の肩を掴む。

「先に、俺が話したいことがある」
「・・・手塚・・・?」

俺が辛いときに、傍で励ましてくれたのはだった。
俺の心を救ってくれた彼女だから、守りたいと思う。
彼女の笑顔を独り占めしたいと思うまでに、想いはどんどん膨れあがって。

気になって、仕方のない人。
だけど居心地のいい、友達から抜け出す勇気を持つことが出来なかった。

でも俺は、それじゃ満足できなくなっている。
好きになるということは、なんて貪欲なことなのだろうか。

振り返ったときに、いつもそこにいて欲しいなんて。
俺に微笑みかけていて欲しいと、それが素直な今の気持ちだ。

告白するということは、こんなにもパワーを使うことだったんだな。
素直な気持ちを告げて、相互でないと告げられたら。
テニスの試合だって、こんなには緊張しないだろう。
まさに、当たって砕けろな気分だな。

が好きだ」
「・・・え?」

驚いたように目を瞠るを思わず抱きしめた。

「・・・好きだ」
「手塚が私を・・・?」

胸の辺りから、くぐもったの声が聞こえる。
さっき買ってきた花束は、土の上に落ちていた。

「お前が好きなんだ」

ビクッとの体が震えた。
俺は我にかえると、慌てての身体を離そうとした。

その時、の手が俺の背に回った、
微笑む彼女の睫に、涙がにじんでいく。
柔らかく俺を抱きしめながら、彼女が口を開く。

「私も手塚が好き・・・」


が、俺を包んでいる。
くすくす笑う彼女の、細い体を抱き締めた。

俺が腕の力を緩めると、彼女はされるがままに俺から離れる。

向かい合った瞳の中に、自分が映っていることに陶然となった。
やがて静かに重なった唇。

の耳元に唇を寄せると、俺は一言囁いた。

「―――ずっと一緒に、俺の傍にいてくれ」


 

 

 

 
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
18.000を踏んで下さった夢野さまに捧げます。
リク内容は「手塚に誕生日のお祝いをして貰って、癒されたい」でした。
こちらは片想いバージョン、手塚奮闘記になるはずだったのですが・・・。
・・・よろしければ笑ってお納め下さいませ。

2004/09/14   高城 侑奈様 (閉鎖なさいました)




Angel Tears様のキリリクにて描いてくださった手塚夢です。その昔、シチュエーションのお話をしている際、でも片想いだと手塚の奮闘物語? という侑奈さまのお言葉にそれ楽しそう!とリクをしましたところ、実はその前に恋人編を書いてくださっていたそうで。なんと恐れ多くも両方プレゼントして下さったのです♡何でも一度ヒロイン像をばっさり削除なさった上に書き直しまでくださったそうで、申し訳ないやら嬉しいやら。手塚さんが必死におめでとうと言う機会を狙っているにもかかわらず言えずに焦るところが何とも楽しく、素敵な奮闘物語になっていて最高です。つい笑っちゃいます。今でもそこが特にお気に入り♡いついつまでも大切にさせていただきますね♡
夢野菜月(2025.2.3/リニューアルにてup)

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