For my dear

| Gallery・Ⅰ | 跡部景吾 |

大切な君の為。
その想いが全てであると信じているから――――







、迎えに来たぜ」
「‥‥はい?」

それは部活も休みの日曜日。
私は久し振りのオフを、部屋でのんびりして過ごすつもりだった。

そこに突然現れて先の台詞を言い放ったのは、最愛の彼である跡部景吾先輩。
私の一つ年上で、同じ男子テニス部に所属している。
景吾先輩は部長さんで、私はマネージャーを務めていた。



「どこに行くんですか?」
「行けば分かる」

早速俺様節炸裂で、有無を言う間もなく私は車に乗せられた。
無意味に長くて黒光りのするこの車は、何度乗っても慣れない。

私が落ち着かない気持ちで窓の外を眺めていると、
流れる景色はどんどん見慣れないものに変わって行った。
私はこのまま外国に売り飛ばされて行くんじゃないか‥‥
そう、何故か本気で思えてきてしまった。





「着いたぜ」
「やっぱり私は売られるのですかっ?」
「その時は俺が買ってやるから安心しろ」

私の目の前に鎮座しているのは船。
テレビの特集でしか見られないような、豪華で大きな物だった。
景吾先輩のとんでもない発言も軽くスルー出来る程に凄い。

これ以上は庶民の言葉では言い表せない位です。


「一体何事なんですか?」
「入りゃ分かる」

ここまで来ても教えてくれないのでしょうか。
私はただ景吾先輩に手を引かれるまま、未知の世界に足を踏み入れた。

広い船内を、ただただ景吾先輩に付いて歩く。
今この手を放されたら迷子は確定だろう。
そう思うと無意識に手に力が入ったけれど、優しく包み返してくれるから、
気付けば不安もどこかへ飛んでしまっていた。


そうしている内に辿り着いたのは豪勢な扉。
すっと前に出た先輩が、恭しい仕種で開けてくれた。

瞬間に、私の頬を一筋の風が撫ぜた。
強い光にも慣れて目を開けてみると‥‥



「「「「毎日お疲れ、――!!」」」」


何と、テニス部正レギュラーの皆さんが勢揃いしていた。


「ふえぇ!? ほんとに何事なんですか?」
「毎日マネ業頑張ってくれとるを労うパーティーや」
「はい?」
「俺達からの、感謝の気持ちだCー」
「つっても、跡部の船だけどな」
「はぁ‥‥」

忍足先輩にジロちゃん先輩、宍戸先輩が近付いてきて説明してくれる。
景吾先輩を窺ってみると、その通りだとばかりに微笑み返された。


「でも‥‥ここまでして頂ける程、私がお役に立てているとはとても‥‥」
「何言ってるん。一人で俺らレギュラーの面倒、全部見てくれてるやん」
「レギュラーさんにしか手が回っていないじゃないですか‥‥」
「それで十分じゃねぇ?」

私が申し訳ないと呟くと、先輩達は不思議そうに顔を見合わせていた。
だって本当に先輩達の買い被り過ぎだと思うんですけど‥‥


「おーい、! ほれふへーぞっ」
「こっちに来て一緒に食べようよ」
「ウス」
「えっ? ええと‥‥」

名前を呼ばれてそちらに目を向けると、
がっくん先輩や鳳君、樺地君が嬉しそうにご馳走を頬張っていた。
少し離れた所で、ひよ君もお茶をすすっている。

がっくん先輩はブンブンと手を振って、私に来いと言っているみたい。
他の三人も、目線で私を促しているみたいだった。



「おら、いつまで突っ立っている気だ?」
「わっ!」
「俺達が世話になっているお前に礼がしたいと思ったから集まった。
ならお前はただ、素直に受け取っておきゃ良いんだよ」
「‥‥景吾先輩」

乱暴に肩を突いて急かされたかと思ったら、そっと耳元で囁かれる。
優しい声音に、凄く胸が温かくなった。


再び取られた手を、握り返した。
すると、そのまま丁寧にエスコートしてくれる。

元が綺麗で優雅な景吾先輩だから、凄く様になっている。
ヤバイ。
何だかとっても心臓がうるさいんですけど‥‥!


「何だ? 。顔が赤いぞ」
「べ、別に何でもないですっ」
「へぇ‥‥」

意地悪げに口の端をつり上げる景吾先輩から、思わず顔をそらしてしまった。
けれどそれは意識しています、と完全に肯定する事になる。

隣で先輩が低く笑っているのが分かって、ちょっと悔しかった。
それでも穏やかな声が私を幸せにする事実が、余計に悔しくて堪らない。

そんな複雑な気持ちも、テーブルの前に立った瞬間に飛んで行ってしまったけど。



「わー。和洋中、何でもござれですねー」
「そーだな」

テーブルには和洋折衷、豪華な料理が所狭しと並べられていた。
どれも先輩持ちのデートでしか食べた事のないようなものばかりだ。

折角のお家でのんびり計画が潰れたのは悲しいけれど、
先輩達と一緒にこんな素敵な料理が食べられるんだから良いか。

私はそう納得して、近くにあった取り皿を手に取った。


「頂きまーす!」
「ああ。好きなだけ食え。お前の為の料理だからな」
「はい! 有り難うございますっ」

満足げに景吾先輩が笑ってくれるから、私も嬉しくなった。








* * *








ー。これも美味しいよー」
「本当ですか?」
「こっちは変な形だぜ? 食ってミソ?」
「ええー。先にがっくん先輩が食べて下さいよぅ」
「全くだぜ。ほら、口開けてみろ」
「のわっ。クソクソ止めろよな、宍戸!」
「自業自得ですよ、向日先輩‥‥」
「ですね」
「ウス」

レギュラー陣に囲まれて、は楽しそうに食事をしている。
俺は少し離れた所からその様子を眺めていた。

明るい笑顔を満面に称えるを見ていると、
知らぬ間に安堵の溜め息が漏れていた。


「良かったやん。ちゃんが元気そうで」
「アン?」
「その為の休みで、パーティやねんからな」
「‥‥忍足、知ってやがったのかよ」
「偶然な」

オレンジジュース入りのグラスを手に寄って来た忍足が、俺に耳打ちした。
安堵交じりのお節介な微笑みに、バツの悪い心持ちがする。

俺が小さく舌打ちして顔をそらすと、苦笑して輪に帰っていった。
余計な一言を残して。


「けっ」

近くのテーブルに置いてあったコーヒーを飲み干して、
俺は再び笑顔のに視線を戻した。















あれから好き勝手騒いでいた連中だが、流石に疲れたのか、
各々海を眺めたり備え付けのベンチに座って静かな時間を過ごしていた。
沈み始めた夕日と共に冷気を含んだ風が吹き抜ける。

そろそろパーティーの幕引きと言った所だろうか。



「って‥‥何やってやがる、
「見ての通りですが?」
「見ての通りじゃねぇ」

が視界から居なくなったと思って探して見みれば、
デッキの端にあるベンチに腰掛けて寛いでいた。

ジローの頭をその膝に乗せて。


お前は誰の女なんだよ。
俺様のだろ?
それを堂々と他の男に膝枕してんじゃねぇ。


「だって、眠そうにしてらしたから‥‥」
「だからって無防備すぎんだよ、お前は」
「済みません」

溜め息を吐いて呟くと、申し訳なさそうに肩を縮める。
そこまで恐縮する事でもねぇと思うんだけど。

まぁ‥‥


「それがお前の良い所でもあるからな」
「へ?」
「そんな所に惚れたって言ってんだよ」
「惚‥‥」

俺の言葉に、は音を立てそうな勢いで顔を真っ赤に染める。
すっかり固まってしまって、唯一瞳が忙しなく瞬いていた。
何度言っても慣れねぇな、こいつは。

そんな所も可愛いと‥‥
これ以上言ったら頭から湯気でも出しそうだから止めとくか。

堪え切れずに笑みを浮かべると、も嬉しそうに笑った。


視線を絡めたまま、そっと顔を近づける。
風になびくの艶やかな髪が、俺の頬を掠めた。

それでも止まらずに接近させていく‥‥
‥‥が。



「んんー?」
「「!」」


真下から呻く声がして、図らずも接触には至らなかった。
視線を下げると、目を擦りながら身をよじるジローも姿がある。


「‥‥ワザとじゃねぇだろうな」
「何の事ー?」

睨みを利かせてみても、眼下のジローは平然としたままだ。
ヘラヘラと笑みを崩さず、尚且つから退く気もないらしい。

雰囲気がぶち壊された事で、は所在なげに視線を泳がせていた。
だが、俺がこんな事で引き下がる訳がねぇ。


「うわっ、跡! ふがっ」
「え、先ぱ‥‥んっ」
「お。居た居た跡‥‥部!?」

ジローに、そしてタイミング悪く現れた宍戸から奇妙な声が上がる。
だが、もう別にどうでも良い。
下でジタバタと暴れるジローも、後ろで固まっている宍戸も無視だ。

今は温かくて柔らかいの唇を味わうのが先決だから。

舌を入れてやりたい所だが、流石に人前だとが恥ずかしがるからな。
感触を堪能するだけに留めて、そっと唇を離した。


「んっ。ぷはっ」
「‥‥、お前何で息止めてんだよ」
「だって、いきなりでしたから‥‥」

顔を真っ赤に染め上げて、口元を押さえる。
だが嫌がる素振りがなかったから良しとしよう。



「ん――っ! はがが――‥‥」
「? 何の音ですか?」
「さぁな」
「いや、放してやれよ」

真下から聞こえる奇怪な音に、不思議そうに首を傾げる
別に気にする事はない。
だが、哀れみを込めた表情で宍戸が近寄って来て、俺の手を取った。


「ぶは――っ! 跡部、俺の事殺す気だっただろー!?」
「悪ぃ。忘れてた」
「ぜってー嘘だCー!」

奇妙な声の発信源は、まだの膝の上に寝転がっているジローだった。

そうだ。
俺達の邪魔をしないようにと、に口付けする時に、
口と鼻を右手で、目を左手でしっかり押さえ付けたんだっけな。


「大丈夫ですか? ジロちゃん先輩‥‥」
「大丈夫じゃないCー」

心配げにがジローを窺う。

放っとけば良いのによ。
今のそいつはただのお邪魔虫だぜ?


「自業自得だっつの」
「何だよー」
「今回は跡部の言う事も一理あるな」
「宍戸まで!?」
「良いから行くぞ、ジロー」

宍戸が唇を尖らせて文句をたれるジローの腕を取って、立ち上がらせる。
ジローはまだ不満そうにしているものの、仕方なさそうに従った。


「また後でね、ー」
「はいっ」
「跡部、程々にな」
「けっ」

軽く言葉を交わすと、二人は船内に戻って行った。
ふと見れば、デッキには俺達以外居なくなっている。

あいつらなりに気を使ってくれたと言う事なのだろう。





「景吾先輩、今日は有り難うございました」

ベンチから立ち上げり、が律儀に頭を下げる。


「‥‥楽しめたかよ」
「はい! とっても」
「みたいだな。ちゃんと笑ってる事だし」
「え‥‥」

心底嬉しそうに笑うの頬に手を置いて呟くと、
は本気で意外そうな顔をして、俺を見詰め返してきた。


「何だ? 俺が気付いてないとでも思っていたのか」
「‥‥はい」
「俺様のインサイトを舐めんじゃねぇよ」

インサイトなんかなくたって、の事なら何でも分かる。

最近、に元気がなかった事も。
それが俺達のファンの女共に、余計な事を言われた所為だと言う事も。


俯いてしまったの頭をポンポンと撫でてやる。
は申し訳なさそうな顔で、俺を見上げた。


「じゃあこのパーティーは、私の為に‥‥」
「アン? 最初からお前の為だっつってんだろ?
毎日頑張っているへの礼だって」
「‥‥そうでしたね」
「分かりゃ良い」

はにかむように笑うの顎に手を掛けて、上を向かせる。


「先輩‥‥その、済みませ――」
「何も言うな」

が謝罪の言葉を口にしようとしたので、それを封じるように口付けた。

何も言わなくて良い。
言う必要なんてない。
お前の事なら何だって見抜いてやるから。



『これからはちゃんとお姫さん守ったるんやで?』

言われるまでもない。
二度と悲しい顔なんてさせやしない。

小さなを腕の中に抱いて、俺はそう誓った。










「仲良うやっとるみたいやな」
「クソクソ跡部!」
「一人だけ良い思いしてさー」
「良いじゃないですか。さんが笑ってるんですから」
「ウス」
「ほんま、最近のちゃんは見てられんかったからなぁ」
「跡部もだけどねー」
「全く、激ダサかったよな」
「それだけさんの事、想ってるって事なんでしょう」
「羨ましいぜ‥‥」

「「「「「「はぁ‥‥(ウス‥‥)」」」」」」


船内の出刃亀達の間でこんな会話が交わされているとは露知らずに‥‥‥‥












おわり




□■□

五万打有り難うございました!!
全てはこのようなサイトにお越し下さる皆様のお蔭です!
お礼と致しまして、夢を書かせて頂きました。
当サイトのメインである、氷帝そして跡部さんです(笑)
わいわいと逆ハーを目指したのに、完全に跡部夢‥‥
と言う、当サイトのお決まりが発動してしまっていますが、
少しでも感謝の気持ちを伝える事が出来ていれば幸いです。
これからも、どうぞ宜しくお願い致します!

'06.04.25.tenko.様 (閉鎖なさいました)



五万打おめでとうございます。
当時、この和気あいあいとしたほのぼの感に頬が緩みっぱなしでした。俺様だけど、優しい彼。レギュラー公認でありながら、みんなにも可愛がられるヒロインのお話は癒され感満載で、改めて心地良いなと思ってしまいました。素敵なお話を書いてくださったことに感謝しかないです。本当にありがとうございました♡
夢野菜月(2025.2.3/リニューアルにて再up)

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