ハプニング・ホット・サマー

| Gallery・Ⅰ | 跡部景吾 |

夏。それは一番アツい季節。
流れる汗に燃える心。
そして焦がれるこの想い。

普段とは違う何かが起こる期待に高鳴る胸は、
君に焼き付いて離れないから――――




「‥‥へ、変じゃない?」
「「「「「‥‥‥‥」」」」」

柄にもなく恥じらうに固まる男連中。
それは絶対、傍から見ればけったいな光景やった筈や。

今俺らが居るのは噂の跡部邸。
ついでに言えば、その馬鹿広い玄関や。
腕に巻いた時計はもうすぐ七時を示そうとしとる。

とりあえず、俺も含めた全員が我に返るまでに、
今の状況に至るまでの経緯でも説明しとこか思う。


事の発端は勿論の一言やった。










世間はとっくに夏休み。
せやけど俺達に休みがある筈もなく、部活に明け暮れる毎日や。


「ねぇ皆、来週の日曜って部活休みだよね?」

その日も長くてキツイ練習が終わって部室で寛いどった所やった。
そこに着替えを終えてやって来たが、唐突に切り出した。

機嫌良さげにニコニコ笑顔を称えとるに、
俺達は少し疑問を抱きながらも、疎らに頷く事で返した。


「それがどうしたってんだよ」

部誌を書いていた跡部も顔を上げて、不思議そうにしとる。
はその言葉を待っていたと言わんばかりに、
後ろ手に持っていたA4サイズの紙切れを広げて差し出した。


「「「「「‥‥夏祭り?」」」」」

そう言えば学校に来る途中の壁やら電柱にも、
同じチラシが何枚も貼られていたような気がする。

その時は大して気にも留めんかったけど‥‥
やっぱりに取ったら、興味津々のイベントやろうなぁ。


「行きたいのか」

もはや疑問符を付ける事なく尋ねる跡部。
案の定は、満面の笑顔で大きく首肯した。


「‥‥‥‥夜の七時に俺様の家に集合だ」

その一言で、もう俺達には十分や。

嬉しそうに飛び跳ねるに、一緒に騒ぐ岳人達。
当然のように繰り広げられる光景に、溜め息が漏れる。
せやけどそれは、決して嫌なもんではなかった。








* * *








「ねぇ、大丈夫なの? 変なの!?」

グイグイと先輩に腕を引っ張られて、ようやく意識が戻った。


「ああ、えと‥‥似合っていると思います」
「じゃあ、さっきまでの間は何よー?」

見惚れてたんです。

何て口に出して言える訳ないし、言っても信じてくれないでしょう。
先輩は不審そうで不満げな顔で見上げてくるけれど、
そんな拗ねた表情だって、可愛いだけなんだよな。


これから向かうは夏祭り。
そうなれば、当然と言う訳ではないけど定番は浴衣だ。
そう、男の憧れとも言える浴衣。

ノリが良くて雰囲気重視の先輩は着てくれると思っていたけど、
まさかこんなに似合うなんて‥‥
俺の想像以上だった。

偶然跡部部長の家の衣裳部屋に、丁度良い浴衣があって良かった。
跡部部長の財力に、初めて本気で感謝したかも知れない。


「‥‥本当に変じゃないのよね?」
「ああ。俺達が嘘を吐く理由がないだろ」
「それもそっか」

跡部部長にまで慎重に確認して、ようやく安心したみたいだ。
そんなに先輩は、自分の浴衣姿に自信がないのだろうか。

朝顔の柄が涼しげで、いつもより大人びて見えて良いのに。



「じゃあ、行こ! お祭りにっ!」
「「「おう!」」」
「「「おおー‥‥」」」

すっかり素早く機嫌を直した先輩の号令に、俺達は屋敷を飛び出した。
まだ沈み切っていない太陽に長く長く伸ばされた影を、沢山並ばせて。




* * *



「わー! 賑やかだね!」
「ワクワクしてきたCー!」
「一杯店出てんなー」

祭りの会場となっている神社に着くなりはしゃぎ回る
俺と向日もに乗って一緒に騒ぎ立てる。

こんな言い方をしたけど、別に無理してに合わせてる訳じゃない。
俺だって普通にお祭りは楽しいから好きだし、
何より嬉しそうなを見ていると幸せな気持ちになれるから。


いつもは物静かに佇んでいる神社も、今日だけは喧騒の中心。
色取り取りの装飾に、定番の屋台が所狭しと並んでる。

あちこちから運ばれてくるのは笑い声と美味しそうな匂い。
それだけでバッチリ目が覚めちゃう程、楽しくなれる。



「ねぇ。何から見るー?」
「んー‥‥お腹空いたから、綿菓子」
「綿菓子って、腹膨れるか?」

呆れた顔で尋ねる跡部に『良いの!』と舌を出して見せて、
は俺の手を引いて早速見つけた綿菓子屋さんに駆け出した。


「急がなくても、お店は逃げないよー?」
「でも色んなお店を堪能出来ないでしょ!」
「それもそーだね」

らしい可愛い回答に漏れ出る笑みは隠せない。
俺が声を出して笑うと、も満足げにニッコリ笑ってくれた。








* * *








「‥‥肝試し?」
「え? なぁに?」

祭りを堪能する事しばし。
各々の手にはカキ氷やりんご飴、水風船に金魚等、
多種多様の祭りらしい戦利品の数々が握られていた。

それでもまだ飽き足りず先を進んでいた最中、
ふと視線を柱に移した向日が、ポツリと呟いた。

全員が何とはなしにその視線を追う。
その先には、血の滴り落ちるようなフォントで、
『肝試し開催中』と、おどろおどろしく書き立てられていた。


「なになに‥‥この神社の裏山で開催中、やて」
「肝試しなんて懐かしいですね」

しみじみと長太郎が呟く隣で、俺はふとを見た。
彼女なら怖がるだろうかと思っていたのだが、
俺の視線に気付いたはすぐにニッコリと笑って見せた。


「楽しそうだね!」

そして続けてこう言い放った。

意外と言うか何と言うか。
でも怖がってギャーギャー騒ぐ奴よりは良いと思う。
それにまだ開催中だと知っただけだしな。



「行こうぜ、!」
「ドキドキするCー!」
「折角やからな、行ってみよ?」

向日やジローは分かるが、何故か今回に限っては、
忍足がヤケに乗り気にを誘っている。
当のも勿論ノリノリで頷いているんだが‥‥


「肝試しは二人ペアで行くらしいですね」
「二人ペア‥‥? 成程な」

チラシを読んでいた若が独り言のように呟いた。

それで納得がいったぜ。
だから跡部も何も言わずに見守っているんだな。
要するにと二人きりになりたいって魂胆だった訳だ。

肝試しで二人きりなんて、男には美味しいシチュエーション。
‥‥らしいからな。


「花火まではまだ時間あるし‥‥行こっか!」

何も知らないであろう無邪気なを筆頭に、
邪な想いを抱いた男連中が付き従う。

ペアをどう決めるつもりか知らないが‥‥ここは負けらんねぇな。








* * *








「私、一番だ!」

番号の書かれた割り箸を差し出して、が宣言する。
肝試しのペア決めは、色々と‥‥そりゃもう色々ともめた結果、
入り口で案内を務めていたおじさんの提案でクジ引きになった。

それが一番公平な決め方だとは思う。
それでも運やら大人の事情やらで勝つ奴が決まってくるから、
一概に公平だとは言えないと、隣で侑士がブツクサ言っていた。

おじさんが片手に握る割り箸の束。
の宣言を受けて、残った全員が一斉に手を伸ばした。
物凄い形相とスピードで割り箸を抜き取る。
狙うのはただ一つ。

一番だ!




「「「「「‥‥‥‥‥‥」」」」」
「フッ‥‥俺様が一番だ!」

高らかに割り箸を掲げて叫んだのは跡部。
その言葉に、全員がガックリ肩を落とした。

クソクソ、俺だってあの割り箸狙ってたのによ。
よりによって跡部に取られるなんて最悪だぜ。

俺達から一斉に恨みがましい視線を受けても、
跡部は気にする様子もなくに話し掛けている。


「‥‥岳人何番?」
「二番‥‥」
「じゃあ俺とですね」

二番の割り箸を持っていたのは日吉。
何が悲しくて男と二人で肝試しをしないといけないんだろう。



「じゃあお先に行ってきまーす!」

嬉しそうに手を振るに手を振り返しながら、
何としても二人の邪魔をするべく、侑士達と作戦を練る事にした。








* * *








「わー、よく出来てるねこの一つ目小僧!」
「‥‥そうだな」
「あっちのぬり壁も可愛いー」

の提案でやって来た祭りで、急遽肝試しに参加する事になった。
祭りも肝試しもどうでも良いが、が一緒なら話は別だ。

特に二人きりで肝試しに山を回るなんて、
こんなに美味しい事はそう滅多にないだろう。

俺様の想いが届いたのか俺達は無事ペアになる事が出来た。
暗い山道の蒸し暑い雰囲気も上々だ。
肝試しも作りは質素だが、中々に凝ったものだった。

それでも今俺がこんなにテンションを下げられている理由は、
何とも言いがたい事に、全ての大元であるだった。


は普通の女とは違う。
それは俺が一番良く分かっているつもりだった。
それでもこれは予想外だ。

まさかがお化けを怖がる所か、逆に喜んでいるなんて。

叫べとは言わない。
震えろとまでも思わない。
だが出てくるお化けの全てを可愛いと言うのはどうかと思うぞ。



「? 景吾、さっきから黙ってるけど‥‥怖い?」
「アン? んな事ある訳ねぇだろ」
「じゃあ楽しもうよ!」

俺だって楽しみたかったさ‥‥!

だが肝試しの楽しみ方は、決してお化けを愛でる事じゃねぇ。
それに俺は肝試しではなく、を楽しみに来たんだぞ。


俺がやり場のない不条理を抱いて歩く先を、
は実に軽い足取りでさっさと進んでいく。

まぁ、他の連中と二人きりにさせなかっただけマシとしよう。
そう自分に言い聞かせる事にした。

‥‥その瞬間。




「ほ‥‥ええぇぇ――――っ!!」
「! !?」

気付けば随分前を歩いていたが、奇声を上げた。


「どうした、‥‥」
「むむむむ、虫っ!」
「ぐっ‥‥」

慌てての元に駆け寄ろうとしたのだが、
逆にの方が物凄いスピードで俺に体当たりして来た。


「‥‥?」

一瞬息が詰まった。
それでも何とか声を絞り出してを見下ろす。

は俺に体当たりしたまま俺の腹にくっ付いたままだ。
小さな両手は俺の背中に回されており放される事はない。

正に力一杯抱き付かれている状態だ。


とりあえず落ち着こう。

小さなの頭は丁度俺の胸元にある。
これ以上動揺して心臓の音を伝える訳にはいかない。
力任せに抱き返してやりたくなるが、それも駄目だ。

だっては恐らく、何も分からずにやっているのだから。



「‥‥どうしたんだよ」
「むむ、虫が‥‥あああ頭っ」
「頭?」
上手く呂律の回っていないの言葉を何とか聞き取って、
俺はの頭を上から見渡してみた。


「‥‥これか」

震えるの頭にくっ付いていたのは、
――髪に絡まっていると言った方が正しいが――
大きな半透明の羽を持った、トンボだった。

ぶぶぶ‥‥と、逃げようと羽を動かす度に、
も反応して肩をビクリと震わせていた。

一つ溜め息を吐いてから。
そっとサラサラの髪をすくってやると、
開放されたトンボは空に羽ばたいていった。



、もう平気だぞ」
「‥‥本当?」

俺の言葉にそっとが顔を上げる。

その瞳は涙でくしゃくしゃに濡れていて、
無理に落ち着けた心臓が、いとも容易く騒ぎ始めた。

いけないとは分かっていても、
まだ震えたままの身体を突き放す事が出来る筈もない。


「‥‥景吾?」
「落ち着くまで黙ってろよ」
「うん‥‥有り難う」

何とか自分の理性を働かせながら、
小さなを改めて腕の中に閉じ込めた。

落ち着かせるように頭を優しく撫でると、すぐに震えは止まった。
それでもが離れようとしないのを良い事に、
俺もしばらく彼女の温もりを堪能させて貰う事にした。








* * *








「クソクソ、と跡部は何処だよ!」
「‥‥やはり道を間違ったのではないでしょうか」
「な、んな事ねぇって!」

小走りに森を進む向日先輩とはぐれないように、
俺も競歩並のスピードで夜の森を歩いていた。

先輩達のすぐ後に出発した俺達は、
とりあえず二人が二人きりで居る時間を減らすべく、
急いで後を追って合流する事になったのだ。

だが向日先輩が慌てていた所為で、すっかりコースを外れてしまった。
このままでは、先輩達に合流する前に森を出られるかが危うい。

それでも気にせず猛進する向日先輩にはある意味感服だ。


「‥‥?」

ふと目をやった先に、切り立った崖のような場所が見えた。
一応柵が付けられているらしい。
その先には、チラチラと光が見えていた。
恐らく街の光だろう。




『ほええぇ――――っ!』

「!」
!?」

突然夜の空に響いた奇声。
聞き違える筈もない、先輩の声だった。


「どっちだ!?」
「‥‥こっちです」

キョロキョロ辺りを見回す向日先輩に指で示し、
俺は声の聞こえて来た方向へと駆け出した。








* * *








「えと、有り難う景吾。もう大丈夫」
「そうか」

そっと私が背中に回していた腕を解くと、
景吾もゆっくり私の頭から手を退けて離れた。

虫が突然私の髪の毛に飛んで来た時は本当に吃驚したけど、
景吾のお蔭で怖かった気持ちが全部消えてしまった。

景吾の声も温もりも、何だか凄く落ち着くから。


「お前、やっぱ危なっかしいから一人で歩くな」
「‥‥はい」

溜め息交じりに景吾に忠告される。
やっぱりって言うのが何だか空しいけど、
一人で虫と遭遇するのは怖いから、素直に頷いた。

すると景吾は満足げに笑って、そっと手を差し伸べてくれる。
だから私も、何も言わずにその手を取った。















――っ!」
「え、がっくん!?」

しばらく歩いていると、何故か横から声が聞こえた。
そして草むらから、がっくんとヒヨ君が飛び出してきた。


「え‥‥ど、どうしたの?」
「それはこっちの台詞だって!」
「‥‥悲鳴が聞こえたので、気になって」

肩で息をしながら、がっくんとヒヨ君が交互に訴える。


「あ、それは‥‥」
、どないしてん!」
「大丈夫ですか!?」

二人に説明しようとした直後、背後からまた声がした。
振り返ると、他の皆が必死に駆け寄ってくる所だった。

皆鍛えているのに凄く汗だくになって息を乱していて、
申し訳ないと思いつつも何だか嬉しかった。

とりあえず全員が集まるのを待って、さっきの話をする事にした。










「虫‥‥か」
「なんや、そやったら安心や」
「跡部じゃなくて良かったCー」

虫の所為だと知るなり、脱力したように皆その場に座り込んだ。

どうしてここで景吾の名前が出てくるのかしら。
チラリと窺うと、景吾は眉間に皺を寄せて引き攣った笑いを浮かべていた。

何だか気になって、口を開こうとした瞬間――


どぉん――っ。

‥‥と、お腹に響いてくるような音が、空から聞こえた。


「花火!」
「あちゃー、始まっちまったか」

木々の合間からは色とりどりの光が見える。
だけど生い茂る葉がある所為で、全てを見る事は出来なかった。


「急いで戻らないとっ」
「せやね、花火が終わってまう前に‥‥」

慌てて踵を返そうと、皆が腰を上げた時だった。


「あの‥‥戻らなくても大丈夫ですよ」

ヒヨ君が控え目に、だけど自信のこもった瞳でそう告げた。















「わ――‥‥本当によく見える!」

ヒヨ君が案内してくれたのは、肝試しのコースからは外れた山道。
丁度木々が開けて街が一望出来るようになっている一角だった。

遮る物が何もなくて、神社よりもよく見えると思う。
それにここには私達だけしか居ないから、正に特等席ね。


「有り難う、ヒヨ君! よくこんな所知ってたね」
「いえ、さっき偶然見付けたんです」

ヒヨ君の表情はいつもと変わりなかったけれど、
どこか満足げなように見えて、それが一層嬉しかった。



「「たーまやー」」
「「‥‥かーぎやー」」

がっくんとジロちゃんは嬉しそうに花火に向かって叫んでいる。
それに合わせるように、忍足君と宍戸君も小さく声を出していた。


「本当に綺麗だね」
「‥‥ああ」

私は景吾の隣に並んで、咲いては散る花火を眺めて呟いた。

その時、そっと景吾が私の方を振り返って頷いているなんて、
花火に夢中になっていた私に気付く余裕はなかったけれど。



『また来年も来ようね』

花火にかき消されてしまいそうな私の言葉に、
皆が大きく肯定の返事をくれた事が本当に嬉しかった。





暑い季節に熱い想い。
花火は消えていくけれど、その想い出は消える事はないと‥‥

そう皆の笑顔が伝えているような気がした――――












おわり







□■□

十万打&一周年、有り難うございました!
色々な事がありましたが、ここまで続ける事が出来たのも、
全てはこんなサイトに通って下さる皆様のお蔭です!
本当に何度お礼を申し上げても足りない位です。

お礼の気持ちにと、アンケート結果から夢を書かせて頂きました。
今や当サイトのメインと言っても過言ではない、
連載『王様とお姫様?』の番外編となっております。
もしお気に召して頂けましたら、貰ってやって下さると幸いです。
その際の報告は任意ですが、一言でも頂けますと嬉しいです。

これからも氷帝中心に愛を注いで頑張りたいと思います。
少しでも皆様に楽しんで頂けるよう願いを込めて。

'06.08.25.tenko.様 (閉鎖なさいました)



十万打&一周年おめでとうございます。
このシリーズが大好きだったので、番外編を拝読できた上にフリーとしてくださったことが当時とても嬉しかったです。 氷帝R陣と夏祭りだなんて最高のシチュエーションですよね。情景が目に浮かぶようでお祭りの雰囲気にどっぷりと浸らせていただくことができて癒されます♡とっても素敵な夢を配布してくださって本当にありがとうございました♡
夢野菜月(2025.2.3/リニューアルにて再up)

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