こうらく日和

| Gallery・Ⅰ | 跡部景吾 |


食欲の秋。
恋の秋。
美味しい空気に満たされて、今日も楽しく過ごせますように――――








「はーい! 全員、集合――!」

の号令を受け、一同が素早く集合する。


「ではでは、これより氷帝男テニ栗拾いを始めまーす!」
「「お――!」」
「「「おおー……」」」

元気なにテンション高く返事をするジローと岳人。
他の面々も一応気を使ってか、に従い手を掲げた。

今、俺達が居るのは郊外の山の中腹。
目的は先程が述べた通り「栗拾い」だ。
氷帝男テニレギュラー七名+マネのの計八人の大イベント。
折角の休日を潰してまでこのようなイベントが強行されたのは、
それが他ならぬの望みだったからである。





『いがいが……』

所用で、俺とが青学まで出向いていた時の事だ。
ふとテニスコートに目をやったが呟いた。


「アン?」
「いがいが……」

テニスコートから目を離さずに、もう一度呟く。
俺も隣に並んで、の視線の先を追った。
其処にあった――もとい、居たのは……


「桃城?」
「美味しそう……」
「桃城がか?」

それは問題発言だぞ、
俺は思わずを凝視した。


「は? 桃城って誰」

対するは、きょとんと俺を見詰め返す。


「お前が今見てる奴だろ?」
「私はいがいがが食べたいのっ」

切なげに主張する。


「……いが栗の事か?」
ウニだったら怖いな。

「そう言ってるじゃない――」

何故か恨めしそうに俺を見上げる。
ウニじゃなくて良かった点
って言うか、言ってないぞ
しかも分かり難い。

は再び桃城に視線を戻すと、熱い瞳で見詰め続ける。
物凄く面白くなくなって、俺はの頭を掴むと、無理矢理俺の方を向かせた。


「何? 景吾」
「日曜、部活休みだったろ……栗拾い行くぜ」

この経緯を説明して尚、断る者など居なかった。








ー! 見てみい。これむっちゃデカない?」
「ほんとだ、すっごーい!」

忍足の元に駆け寄って、が嬉しそうに笑う。


先輩! これ、面白い形ですよ?」
「うわー……四角だー!」

鳳の元に駆け寄って、が吃驚して笑う。


っ! こっち来てミソ?」
「何ー? わ。いがいがが刺さってる」

岳人の元に駆け寄って、が感心して笑う。


!」
「ほいほーい?」

宍戸の元に駆け寄って、が……(以下略)


先輩……」
「ういーっす!」

日吉の元に駆け寄って、……(以下略!)


「ウス」
「おおーっ!」

樺地の……(以下略っ!)

て言うか、いい加減にしやがれ!
どいつもコイツも、うるせぇ。
ちょっとでも珍しい形のいが栗を見付ける度に、を呼んで見せに行く。
てか、に見せに行く為に、珍しいものを探しているようにしか見えない。
そのお蔭で、バスケットには奇妙な形のいが栗しか入っていないじゃねぇか。

何か食うの怖いな……
は栗が食いたかったんだろ?
いや、でも『いがいが』が食べたいっつってたな。
……いがいが?
剥かずに食うつもりなのか?



「景吾ー。楽しんでる?」

俺が(段々論点をズラしながら)一人で考え込んでいると、がフラフラと近寄ってきた。


「お前こそ」

こんなんで良かったのか? との意味を込め、を見る。


「んー? うん! エンジョイしてますぞ!」

じゃんっと、大量のいが栗――マトモなものを見せる。
アイツらの相手をしながらも、ちゃっかり拾ってたって事か。
流石だな……


「景吾は全然ですなー」

俺のバスケットを見て唸る。
そりゃ、何もしてねえんだから、空っぽだろうな。
いや、馬鹿どもの行動を観察・解説していた。
あれは意外に疲れるもんだぜ。精神的にな……


「よし! さんが、良く取れるとっておきの場所を教えてしんぜよう!」

ドンッと胸を叩いて俺の手を取る。
そして更に上へと登っていく。
趣旨外れに珍しい栗を探す忍足達をおいて。

やはりな。
面倒見の良いなら、そうすると思っていた。
俺はそっとの手を握り返した‥‥





「どんなもんよー!」

誇らしげにが笑う。
確かにすげえな。
木々が一層生い茂る急勾配なその一角には、信じられない程の栗が散乱していた。
一面いが栗で覆われていて、剣山のように見える。


「気を付けてね」
「それは俺の台詞だ」

離れた手の温もりが名残惜しかったが、俺はポンとの頭を撫でた。
そして一つのいが栗を手に取った。
立派ないがいがだな。
重いし痛い。
軍手をしていなかったら、すぐに手が血みどろになる事だろう。


「今日の晩ご飯は、栗ご飯ねー」

鼻歌交じりにが言った。


「栗ご飯ねぇ」
「ん? 嫌い?」
「いや……だが、余り食った事ねぇな」
「お坊ちゃまだもんねえ」

俺の腕を掴み、後ろから抱きつくような形でが俺の手の中の栗を見る。
柔らかい感触が背中に当たる。
全く……警戒心ってものがねえのかよ。
こんな事して俺に襲われたって、文句は言えないぜ。


「景吾も栗ご飯食べたいの?」

俺の肩に顎を乗せたままで尋ねる。


「別に……」
「じゃあ、余った分を明日のお弁当に入れてってあげるよ!」

俺を掴む手に力を入れて(ちょっと痛え)、が嬉しそうに提案する。
……俺、今否定しようとしたんだけど。
相変わらず、会話の成り立たない奴だ。

だが、明日はの手作り弁当が食えるらしい。
俺としては歓迎すべき事なので、あえて突っ込んだりはしなかった。


「おかずは何が良い?」
「……玉子焼き」
「じゃあタコさんウインナーもね!」
「そう言うもんなのか?」
「定番なのです!」

何かこの会話、まるで夫婦じゃねぇか?
いや、ちょっと飛躍し過ぎたか。
だが……腕にペッタリと抱き付かれて、手作り弁当を作ってくれる約束なんて、
普通の友達じゃ有り得ないんじゃないのか?

ヘラヘラ笑うの表情からじゃ、何を考えているのか読み取れない。
いつもは単純なクセしやがって……
俺がどんだけ我慢してやってるか、分かってんのか?
そろそろ限界なんだよ。


「それじゃ、さっさと栗拾っとけよ」
「ラジャーっ!」

アッサリ俺から離れて栗拾いを再開しやがるし。
……やっぱ何とも思われてないんだろうな。

それから黙って栗拾いをしていた。
地味だとは思いながらも、悪い気はしなかった。
と一緒だからだろうな。
結局俺はには敵わないらしい。










はっけーんっ!」

しばらくして岳人の叫び声が聞こえた。
ワラワラと、レギュラー共が駆け寄ってくる。


「こんなとこに居たんかいな」
「探しましたよ……」

俺を一睨みしてから、に近付く忍足達。
良い度胸してるじゃねぇか。
明日のメニューは覚悟してろよ。


「おわー。、一杯取ってるCー」
「だって、栗ご飯作るんだもん」
「へー美味しそうだな」

興味津々と言った顔の面々。


「『そう』じゃなくて、美味しいの!」
「だよなー!」
「俺も食べたくなってきたわ」

どんどん栗ご飯に食い付いてきやがる。
展開が俺に取っては悪い方向に流れている気がする。
人の好いの事だから、きっと……


「今度、美味しい作り方を教えてあげるね!」

ニッコリ笑って言う。


「え……?」

それは、俺に取って予想外の答えだった。
作ってやらねぇのか?
俺には弁当まで作ってくれる約束をしたってのに。
ニコニコ笑うからは、やはり何も読み取れなかった。

既に日は傾きかけており、俺たちは山を下りる事にした。
俺はの隣に並んで歩いていた。


「なあ、さっきの……」
「……皆には内緒ね」

俺の言葉を遮ってが口に手を当てて囁く。
俺は意味が分からずに、ただを見詰めるだけだった。
そんな俺を見て、は苦笑した。


「分からないって顔してる」
「良く分かったな」
「景吾の事だしね」
「……アン?」

サラッと大胆な事を言われた気がする。
はふっと表情を緩めて、穏やかに笑った。


「さすがの景吾のインサイトも、こっち方面には疎いのですかな?」
「何の事だ」
「何の事でしょなー」

嬉しそうに笑って手を振る。

が何やら、俺を特別扱いしてくれているらしい事は分かった。
俺の事なら何でも分かる的な発言もされた。
それは……
そう言う事で良いのか?
こっち方面てのは……こっちで良いのか?(錯乱)

は俺が答えを出すのを待っているのだろうか。
俺の隣で鼻歌を歌いながら、ただ歩いている。
その頬が少し赤いように見えるのは、夕日の所為なのだろうか。
……いや、違うよな。

俺はの空いている方の手を取った。
驚いて俺を見上げるに、ただ笑みをくれてやる。
しばらく俺を見詰めていたも、パッと笑顔になると俺の手を強く握り返してきた。



「あああー! 跡部とが手、繋いでる――!」
「何やてぇ !?」
「クソクソ離せよ、跡部ー!」
「向日先輩の言う通りです!」
「ウス……」
「激ダサ」
「……下克上だ……」

騒ぎ立てる奴らには目もくれず、俺たちはずっと手を繋いでいた。





翌日。
は本当に弁当を作って来てくれた。
甘い栗ご飯は、冷めていたけど暖かくて。
俺は幸せな気持ちで満たされていた――――









 おわり


□■□

999番を踏んで下さった、夢野菜月さまからのリクでした。
「逆ハー跡部落ち・跡部視点」と言うことで頂きました。

ネタの候補に体育祭や文化祭もあったのですが、そちらは企画の方でもやる予定ですし、
何より最後にチョコンと書き添えられた『栗拾い』と言うネタにものすごく心惹かれてしまいまして‥‥v
氷帝レギュラー一行で栗拾いなんて美味しすぎますっ!
しかも跡部さん視点なんて、ギャグに走れと言わんばかりでw(勝手な解釈)
すごい楽しんで書かせて頂きました!!素敵なリクエストをありがとうございます。
糖度が高め‥‥と言うご要望にお応え出来ていない気がして、申し訳ないです(土下座)
こんなので宜しければ、どうぞ貰ってやって下さいませ!
返品・交換も承ります(汗)

'05.10.16.tenko.様 (閉鎖なさいました)



 999GET キリリクとして描いて下さった、氷帝逆ハー跡部落ちドリームです。

 跡部さんだけでなく他のキャラからも愛されるお話に、何とも癒されます♡ 絶妙なこの甘さ加減とキャラとの距離感が、今でも大好きです。
 彼の僅かなヤキモチ中継場面なんて、とっても可笑しく面白く楽しくの三拍子揃ったシーンとなっていて最高この上ないです。

 跡部さんの我慢しつつ寸で止まりといった心情描写が何とも(*^-^*)
 返品交換だなんて滅相もない。こんなに素敵なお話を本当にありがとうございました♡

 夢野菜月(2025.2.4/リニューアルにて再up)

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